広島へ、私の思う「ノーモア・ヒロシマ」¶
「日本も核を持つべき」という官邸筋の発言¶
本日、2025年12月19日、官邸筋から「核を持つべきだ」との発言があったことが報道された。これを受けて、広島県や、被爆者団体から抗議の声が上がっている。そこで今回は、非核、および核抑止について、私がかねてから思っていたことを書いておきたいと思った。
私の思う「ノーモア・ヒロシマ」¶
核は絶対にダメだ。私もそう思う。理由は非人道的だからだ。人間のやることではなく、正当化は決してされないということ。広島には今後もなおのこと、核に反対する立場を貫いてほしい。以下が私の、詳細理由である。
- 広島は核の体験者だ。核の悲惨さを知っている立場からの説得力を考えると、長崎と並んで世界に類を見ない
- 核は絶対にダメだ。ましてや、日本人が選んだ日本政府が核兵器で他国の市民を焼き殺すことがあってはならない
- それでは太平洋戦争で核が使用されたときの過ちの繰り返しである
- 核抑止を主張する人に対しては、「核はダメだ」だけでなく、「広島の立場は、核で他の国の人を焼かない、殺さない」という立場を明確にしてほしい
- 核抑止を首都揺する人にはまた、核保有をしたところで、自動的に核抑止になどならないことを伝えてほしい。「核保有して核抑止」などと絵空事を言う政治家に騙されないということ
- なぜなら、核は使用する前提でないと抑止にならない。日本国政府が核使用を正当化する法律を通過させる見込みは現実的ではないこと、また、仮に法律が整ったとしても、次の項目が課題となる
- すなわち、日本の核保有による核抑止を背率させるには、日本が本当に核を外国に着弾させる決意と能力があることを外国が信じる必要があるということ
- これもまた絵空事である。決意の部分が、である。決意が持てるわけがないので、おそらく、核を運用する能力さえ達成できない(発射実験、起爆実験の世論が想像できる)
- したがって、そもそも絵空事なゆえ、絵空事は絵空事として片付ける必要がある。できもしない絵空事、即ち核抑止という大声により、広島の声がかき消されてはならない
日本と広島は、核で人を焼かない。人を焼くぞなどと脅せる日本になる必要もないし、そもそも日本はそうなれない
これが現実だということを、核兵器推進派に伝えてほしい。広島だからこそ、強い説得力を持ってできると私は考える。私は広島出身でも広島県民でもないので、ヒロシマ、という文脈では、ただお願いする立場である。
中山玲緒奈